拠点形成プロジェクト

2022年度 研究拠点構築型

オーラルヒストリー資料の保存・公開・活用に関する
共同研究

プロジェクト代表者
安岡 健一

大阪大学大学院人文学研究科・准教授

最終年度 実施・研究成果報告書

プロジェクトの背景、目的と概要

インタビューを通じて当事者の記憶と経験を記録するオーラルヒストリーは、歴史学、社会学や人類学など多彩な分野で研究方法として広く認知されているだけでなく、「まちづくり」など人と人とを結びつける社会活動や演劇の創作など文化活動において市民によって有効な手法として活用されています。

海外では大規模図書館の部門のほか大学における専門のセンターなど拠点が数多く存在しており、そこでは幅広いテーマで実施されたオーラルヒストリーによって生まれた資料が保存され、研究・教育や利活用が推進されています。しかし、日本では拠点となる施設が乏しいだけでなく、既存の資料館や研究機関等に保存されている資料も、権利処理の難しさをはじめ様々な要因から活用に大きな制約を抱えている例が少なくないのが現状です。

本プロジェクトはこうした現状に向き合い、オーラルヒストリーにより生まれた、主として音声・動画資料の保存、そして活用に関わる課題を把握するとともに、課題の解決方法を学際的に検討し、得られた知見を発信することを目的とします。この目的のため、学内外にわたる、関連する専門分野の研究者や聞き取りを実践する市民、専門的な実務者の協働に基づくネットワークの構築を推進します。あわせて、将来的なオーラルヒストリー教育・研究の拠点を形成するための条件も検討したいと思います。

最終年度の実績

  • 2024年度も、下記の「主な発表論文」に記したように継続的に研究成果を発表した。
  • 2024年8月24日には国際シンポジウム「SHARED AUTHORITY:歴史を描くのは誰か」を開催した。
  • オーラルヒストリー・アーカイブ・プロジェクト研究会を継続的に実施した。
  • 聞き取りに取り組む市民グループとの連携に取り組んだ。
  • 図書館における資料保存に取り組んだ。
  • オーラルヒストリーを行う、オーラルヒストリー資料を用いた教育実践に取り組んだ。
  • その他、学外にも研究成果を広く伝えるよう努めた。例:オンラインサロン「本の場」にて「自分たちで「歴史」をのこす ― 『コロナ禍の声を聞く 大学生とオーラルヒストリーの出会い』から学ぶ身近な歴史のつくり方」として話題提供(2024年4月23日)。

詳しくは、「アニュアルレポート2024」および本報告を参照。

研究期間全体における研究成果の概要

研究・教育活動

本研究計画の発足時に立てた目標のうち、具体的な成果が上げられた点について概要を述べる。

  • ①オーラルヒストリー・アーカイブ・プロジェクト研究会の継続的実施
    期間中に全7回の研究会を開催した。これらの研究会のうち1回を除いてすべて公開で実施し、各会平均20名程度の参加を得た。貴重なオーラルヒストリーの保存・活用事例にふれる機会を提供し、大阪大学が情報提供の主体になることができた。
    第1回
    山田菊子「インタビューをめぐる土木分野の3つの課題―調査と分析・手続き・蓄積―」
    第2回
    ウォーターズめぐみ「British Libraryでのデジタル・アーカイブとオーラルヒストリー--2000年代からの現地体験と報告」
    第3回
    菊池信彦「オーラルヒストリーデジタルアーカイブの構築実践と実務課題の共有ーOral History Metadata SynchronizerとOmeka Classicを利用してー」
    第4回
    松本彰伸「ハーバード⼤学ライシャワー⽇本研究所での研究報告 ―映像を⽤いた⽶軍占領期の聞き取り調査とアーカイブ構築の実践と模索」
    第5回
    武田和也「世界のオーラルヒストリーデジタルアーカイブー「デジタル公共文書」の視点から」
    第6回研究会
    原浩昭「沖縄県系移民音声史料の公開過程と展示での活用について」
    第7回研究会
    村上潔「フェミニストアーカイヴィング実践におけるオーラルヒストリーの取り組み――イギリスの自律的地域アーカイヴの事例からインターネットを含むオーラルヒストリーの公開方法の検討」
  • ②資料館(アーカイブ)や図書館における資料管理方法の提案
    (1)
    コロナ禍関係資料の保存について
    2020年のコロナ禍から大阪大学文学部日本学専修ではコロナ禍関係の聞き取りに取り組んできた。2023年11月には、学生が主体となって聞き取りの成果をまとめた、大阪大学文学部日本学専修「コロナと大学」プロジェクト、安岡健一監修『コロナ禍の声を聞く:大学生とオーラルヒストリーの出会い』大阪大学出版会を刊行した。本成果の刊行によって大阪大学が専門科目でオーラルヒストリーに取り組んでいる点が広く示された。本成果は、下記のように新聞で紹介されたほか、持田誠氏が『記録と史料』35号、2025年3月、高田雅士氏が『歴史評論』892号、2024年8月で紹介してくださるなど、一般書ではあるが専門誌でも取り上げられている。
    刊行にあわせて、2023年11月5日(日)には刊行イベント「コロナ禍をどう記憶するか」を開催して、感染症史研究の第一人者である飯島渉氏ほかを招へいし、シンポジウムを開催した。その後、長崎大学熱帯医学研究所に異動された飯島氏の招きで、2025年6月にはコロナ関係資料の保存に関するシンポジウムに研究代表者が登壇する予定である。また、雑誌『公衆衛生』でも聞き取り資料の保存について寄稿し(89巻7号にて掲載予定)、人文学以外の立場にも発信を続けている。
    (2)
    図書館との連携について
    研究期間中にとくに社会教育機関である図書館との連携には注力した。とくに2023年度・2024年度に大阪府堺市立図書館と協力し市民への聞き取りを図書館の地域資料として保存するべく取り組んだ。2024年度には連続講座を実施し、市民による聞き取りを実施した。地域資料として口述資料を保存することができたことは、今後多くの場での応用可能性を持つと考える。
  • ③聞き取りに取り組む市民グループとの連携
    大学の役割として専門的手法を市民に伝え、その実践をサポートすることがある。とくに大阪大学が位置する豊中市においては、以下のように住民と協力して聞き取りプロジェクトに取り組むことができた。
    • 2023年度に大阪府豊中市の市民と協力し聞き書き作品『寺本知さんってどんな人?』を作成した。
    • 2024年度に神奈川県大和市の市民グループ「歴史工房・やまと」で講演した。
  • ④日本国内の制度に即したマニュアルの検討
    • 研究代表者のリサーチマップにて、オーラルヒストリー用のメタデータを公開した。
  • ⑤海外のオーラルヒストリー実践についての紹介
    グローバル日本学教育研究拠点の事業として、国際シンポジウムを開催した。米国の第一人者であるMichael Frisch氏を招へいし、国内におけるデジタルヒストリー、パブリックヒストリー、オーラルヒストリーの関係者と協力して、シンポジウムを開催した。
  • ⑥オーラルヒストリーを行う/オーラルヒストリー資料を用いた教育実践
    • 大阪大学文学部・人文学研究科の専門科目、科学研究費プロジェクトと連携し、地域での聞き取りに取り組んだ。
    • 大阪大学人文学研究科で取り組むデジタル・ヒューマニティーズの授業でゲスト講師を務めた。
社会への広報活動

また、これらの活動のうち、一部はマスメディアでも報道された。計画期間中には積極的にプレスリリースにも取り組んだ。

  • ①阪神大震災の被害、遺族の証言「オーラルヒストリー」で残す…きっかけはビートたけしさんの発言
    読売新聞社 読売新聞 1面 2025年1月13日 新聞・雑誌
  • ②コロナ禍の記憶、後世に 阪大生聞き取り「生の言葉」出版
    北海道新聞 2024年6月29日 新聞・雑誌
  • ③阪大生が体験聞き取り出版 コロナ 80人の口述記録
    読売新聞(夕刊) 2024年3月19日 新聞・雑誌
  • ④コロナ禍の学校 記憶を記録に
    中日新聞 2024年3月1日 新聞・雑誌
  • ⑤地元のアレ 思い出のこそう 大阪市立図書館 住民から募り公開
    朝日新聞社大阪本社 朝日新聞 大阪版 2023年7月12日 新聞・雑誌
  • ⑥「すっごい人」「展示の印象ない」 70年の大阪万博、地元の記憶は
    朝日新聞 大阪版 2022年9月29日 新聞・雑誌

これらを通じて、大阪大学においてオーラルヒストリーが専門領域の一つであることを広く知らせることができた。

研究のネットワーク化

国立歴史民俗博物館での企画展『歴史の未来』の展示プロジェクト委員として研究代表者が参加し、展示の作成に協力した。展示会に関連するシンポジウムでの報告などを経て、令和7(2025)年度国立歴史民俗博物館日本歴史文化知奨励研究(公募型)で、新たな研究計画が採択された。2025年度にはデジタル化した資料の展示と聞き取りを組み合わせた実践を行う計画である。オーラルヒストリーの実践を通じて、人文学のデジタル化と域学連携の橋渡しを展望している。

(国立歴史民俗博物館にて)
学会開催(2025年度)

2025年度には、日本オーラル・ヒストリー学会の大会開催校を引き受け、9月13日・14日に大阪大学豊中キャンパスで実施した。この3年間で取り組んだ研究成果およびネットワーク形成活動を通じて、大阪大学にオーラルヒストリ―研究に取り組む研究者がいることは、一定程度明らかにできたと考える。また、不足している国際連携についても、国際シンポジウムの実施などを通じて手がかりを得ることができた。
本格的な拠点形成には、人員配置およびカリキュラムの整理などが必要である。

主な発表論文

2022年度
  • 安岡健一, 中村春菜, 澤岻大佑, 福山樹里「「語り」を残し、使うために:沖縄・久場崎の戦後引揚プロジェクトを事例に」『日本オーラル・ヒストリー研究』18号、2022年10月、169-187頁)
  • 安岡健一「聞き取り/オーラルヒストリー」岩城卓二ほか編『論点・日本史学』ミネルヴァ書房、2022年8月
  • 安岡健一「聞き書き・オーラルヒストリー・「個体史」――森崎和江の仕事によせて」『現代思想』2022年11月号、総特集:森崎和江
【講演】
  • 安岡健一, 中村春菜, 澤岻大佑, 福山樹里、基調セッション「『語り』を残し、使うために―中城村久場崎の戦後引揚プロジェクトを事例に」沖縄県地域史協議会2022年度第1回研修会(全体テーマ:「オーラルヒストリーの資料化と活用」)2022年8月19日
2023年度
【講演】
  • 安岡健一 堺歴史文化市民講座「地域の歴史と「わたし」の歴史」(2023年1月22日)
  • 安岡健一 近畿地区図書館地区別研修「「生きること」の基盤であるために図書館ができること」(2023年1月24日)
  • 安岡健一 人権文化まちづくり講座「地域を学び、地域をつくる:自分史・「聞き取り」の広がり―(2023年4月15日)
  • 安岡健一 大阪大学ワニカフェ(まちづくり編)「地域の歴史、「私」の歴史」(2023年5月21日)
  • 安岡健一 大阪歴史科学協議会2023年度大会「歴史学者の職能とオーラルヒストリーの意義」(2023年6月10日)
  • 安岡健一 釜ヶ崎芸術大学「釜ヶ崎の表現と世間をめぐる研究会」における企画「表現すること/記録するということ」で前川絋士氏と講師(2023年7月1日)
  • 安岡健一 SGRAフォーラム「国史たちの対話」にて「「わたし」の歴史、「わたしたち」の歴史」(2023年8月8日)
  • 大阪大学出版会・関西学院大学出版会主催「災禍の聞き取りを本にする―出版プロジェクトから考える教育と研究の未来―」(2024年3月20日、兵庫県神戸市)
【著作】
  • 安岡健一「オーラルヒストリー:その歩みと可能性について」『REKIHAKU』10号、2023年
  • 大阪大学日本学専修「コロナと大学」プロジェクト、安岡健一監修『コロナ禍の声を聞く』大阪大学出版会、2023年11月
  • 福島幸宏編『ひらかれる公共資料:「デジタル公共文書」という問題提起』勉誠出版、2023年
2024年度
  • 安岡健一「新刊紹介 『コロナ禍の声を聞く』」『日本オーラル・ヒストリー研究』20号、2024年11月、314-317頁
  • 安岡健一「オーラルヒストリー問答:アーカイブ編」『歴史評論』892号、2024年8月、40-50頁
  • 安岡健一「歴史学者の職能とオーラルヒストリー」『歴史科学』257号、2024年5月、2-15頁(昨年の大会報告を原稿化したもの)
【講演・研究会報告】
  • 安岡健一「オーラルヒストリーに関する研究活動と今後の展望」(インターネット時代のオーラルヒストリー研究会、2024年7月18日、大阪府大阪市)
  • 安岡健一「地域におけるオーラルヒストリーの可能性」(国立歴史民俗博物館 国際シンポジウム「歴史資料の多様性を問い直す」、2024年10月25日、千葉県佐倉市)
  • 安岡健一「市民による地域オーラルヒストリーの可能性を拓くには」(歴史工房やまと第6回ワークショップ、2024年10月26日、神奈川県大和市)
  • 安岡健一「オーラルヒストリー入門」(堺市立東図書館歴史文化市民講座、2024年12月8日、2025年2月16日、大阪府堺市)
【国際シンポジウム】

国際シンポジウム「SHARED AUTHORITY ―歴史を描くのは誰か―」を、大阪大学グローバル日本学教育研究拠点の主催に共催で開催。
本シンポジウムの成果は『日本学報』43・44号(2025年3月)にて刊行した。

【学会発表】
  • 松本章伸(問題提起者)「映像制作における関係性の構築と実践的責任:テレビ、教育、アーカイブの現場からの学び」 、2024年秋季大会ワークショップ「映像の説明責任をめぐって」(オンライン)、石田佐恵子(提案者), 大橋香奈(問題提起者)、日本メディア学会 2024年10月26日
プロジェクト構成員(最終年度時点)
学内 菅 真城 大阪大学アーカイブズ・教授
学外 五月女 賢司 大阪国際大学国際教養学部・准教授
福島 幸宏 慶應義塾大学文学部・准教授
菊池 信彦 国文学研究資料館・准教授
松本 章伸 早稲田大学教育・総合科学学術院(学振PD:2022年10月より学振CPD)
山田 菊子 ソーシャル・デザイナーズ・ベース
大野 光明 滋賀県立大学人間文化学部・准教授
小黒 純 同志社大学社会学部・教授
中村 春菜 琉球大学人文社会学部・准教授
福山 樹里 国立国会図書館占領期資料係
キーワード オーラルヒストリー、資料保存、パブリック・ヒストリー、人文学のデジタル化、研究倫理