拠点形成プロジェクト

2023年度 教育プログラム開発型

人文科学分野向け研究データ管理を促進する
デジタル・ヒューマニティーズ学習教材開発

プロジェクト代表者
吉賀 夏子

大阪大学大学院人文学研究科人文学林・准教授

最終年度 実施・研究成果報告書

プロジェクトの背景、目的と概要

本プロジェクトは、世界的なオープンサイエンスの潮流に基づき、人文科学分野における研究データ管理とその利活用促進を目的とするものである。オープンサイエンスは、研究成果(学術論文や関連データ)を広く社会に公開・還元する理念であり、その実現には研究に関わる全てのステークホルダーの協力が不可欠である。特に人文科学分野では、研究データ管理に関するリテラシーやスキルに格差があり、具体的な手法に関する情報が不足している現状がある。 そこで、本プロジェクトでは、人文学研究者が直面するデータ管理上の課題を克服し、研究成果の共有・公開を支援するため、デジタル・ヒューマニティーズ(DH)の視点から教育動画教材を開発した。具体的には、研究用画像の国際標準規格であるIIIF(International Image Interoperability Framework) と、テキスト構造理解・比較・定量分析を促進するTEI(Text Encoding Initiative) に焦点を当て、基礎知識、活用法、応用事例を紹介する教材を作成している。これにより、研究データ共有の重要性や具体的な方法を学び、実践する機会を提供することを目指すものである。

最終年度の実績

最終年度(2024年度)には、前年度に開発した研究データ管理およびIIIFに関する教材に加え、TEIに関するハンズオン形式の教材を完成させた。研究データ管理およびIIIFに関する教材は、大阪大学のE-learningシステムCLEを通じて公開し、2024年度から開始した人文学研究科の共通教育科目「デジタルヒューマニティーズ基礎」の受講者15名を対象に実施した。教材には、Visual Studio CodeやGoogle Colaboratoryを用いた実践的なプログラムが含まれ、プログラミング経験がない初心者にも分かりやすいインタラクティブな内容となるよう配慮した。受講者からは、OUKA(大阪大学学術情報庫)を含む主要デジタルアーカイブやIIIF画像の存在、研究への活用について理解が深まったとの評価を得ている。

研究期間全体における研究成果の概要

本プロジェクトは、人文科学分野におけるオープンサイエンス推進の一環として、研究データ管理(RDM)と利活用を促進するためのデジタル・ヒューマニティーズ(DH)学習教材開発を2年間にわたり実施したものである。世界的なオープンサイエンスの潮流を受け、研究データの公開・共有は分野を問わず重要性を増している。特に、国費による研究成果は広く社会に還元されるべきという理念に基づき、日本でも文科省が主導し、国立情報学研究所(NII)を中心に研究データ基盤「NII Research Data Cloud」の構築や「AI等の活用を推進する研究データエコシステム構築事業」が進められている。大阪大学もこの事業に参画しており、研究データポリシー策定やOUKAリポジトリでの教材提供など、人材育成を核としたRDM体制構築を進めている。

しかし、人文科学分野では、デジタル化された研究データの扱いに不慣れな研究者も多く、RDMに関するリテラシーやスキルには依然として格差が存在するのが現状である。高精細画像や動画の利用機会が増加する一方で、具体的な管理・共有手法に関する情報ニーズは満たされていなかった。さらに、2024年度からの科研費における研究データ管理計画書提出義務化も、この分野におけるRDMスキル向上の必要性を高めている。

このような背景から、本プロジェクトではDHの観点を取り入れ、人文科学研究者のニーズに合わせた学習動画教材の開発に着手した。教材開発にあたっては、特に研究現場での利用頻度が高い画像データとテキストデータに着目し、国際的な標準規格であるIIIFとTEIを重点的に取り上げた。これらの技術は、研究者が資料をどのように解釈し、どこに注目したかという「視座」を後続の研究者に伝えるための有効な手段であり、人文科学研究におけるデータ継承や出所管理の課題解決に貢献することが期待される。

2023年度は、まずRDMの基礎とIIIFに焦点を当てた教材「人文学研究者必見!研究データ管理ことはじめ -OUKAで始めるIIIF画像の公開と利活用-」を開発した。この教材では、研究データ共有の意義、データの記録方法、利用許諾や公開範囲の設定といったRDMの基本事項を解説した。さらに、IIIF規格の基礎知識、OUKAリポジトリを利用したIIIF画像の作成・公開方法、具体的な活用事例(例:複数機関にまたがる画像の比較閲覧、ROIS-DS人文学オープンデータ共同利用センターのCuration Viewerを用いたキュレーションや注釈付与)を紹介した。OUKAに画像を登録・公開することで、研究者個人のデータ管理負担を軽減できるメリットも強調した。動画作成においては、附属図書館の既存教材を参考にし、コアファシリティ機構データ利活用・DX化支援部門の協力のもと、自動読み上げシステムを導入した。

2024年度は、テキストデータの構造化と分析に有効なTEIに関する教材開発に注力した。単なる知識伝達に留まらず、受講者がTEIのメリットを体感できるよう、ハンズオン形式を採用した。無料ツール(Visual Studio Code, Google Colaboratory)を使用し、サンプルテキスト(詩や文学作品)のTEI変換、縦書き表示、登場人物の人間関係ネットワーク図示などを、プログラミング初心者でも実践できるステップバイステップの解説と共に提供する構成とした。

開発した教材は、大阪大学のE-learningシステムCLE上で公開し、2024年度開始の人文学研究科共通科目「デジタルヒューマニティーズ基礎」の授業内で活用した。先に公開したIIIFを含む動画については、15名の受講生を対象に、動画視聴に加え、小テストやアンケートを実施し、学習効果の測定とフィードバック収集を行った。その結果、IIIFやOUKAに関する知識習得において概ね良好な評価が得られ、教材改善に向けた示唆を得ることができた。

この2年間のプロジェクトを通じて、以下の主要な成果が得られた。

  1. 人文科学分野特化型RDM教材の開発: IIIFとTEIという具体的な技術に焦点を当て、RDMの基礎から応用までを網羅する実践的な動画教材群を開発した。
  2. 学習効果の検証と改善サイクルの確立: CLEシステムを活用し、受講者の理解度やニーズを把握することで、教材内容・設計の継続的な改善プロセスを確立した。
  3. 学内連携による研究データエコシステムへの貢献: OUKAリポジトリとの連携を深め、人文科学分野における画像・テキストデータの長期保存と利活用を促進するモデルケースを提示した。

これらの取り組みにより、人文科学分野の研究者や学生のRDMに対する意識向上と、IIIFやTEIといった具体的なスキル習得が促進された。今後は、開発した教材を学内だけでなく、学認LMS(Learning Management System)などを通じて学外の研究者や研究支援者にも展開し、可能ならば視聴ログやアンケート結果を分析することで更なる教材改善を図る予定である。最終的には、本プロジェクトで開発した教材が、国内外の多様な研究者に研究の視座を効率的に共有するための基盤となることを目指す。

主な発表論文

  • 中核機関群 活動・計画報告「人材育成」, 甲斐尚人・尾上孝雄・下條真司・小陳左和子, 研究データエコシステム構築事業シンポジウム2023, 2023年9月28日
  • 研究成果が多様化する時代における機関リポジトリの役割-大阪大学の取組みと課題-, 甲斐尚人, 大学ICT推進協議会 2023年度年次大会企画セッション(研究データマネジメント部会), 2023年12月15日
  • 加速するオープンサイエンス-研究データエコシステム構築と人材育成に寄せられる期待-, 甲斐尚人, 第7回ソーシャル・スマートデンタルホスピタル(S2DH)シンポジウム, 2024年2月1日
  • 研究データの未来を築く:研究データエコシステム構築のための人材育成(セッション), 甲斐尚人, Japan Open Science Summit 2024, 2024年6月20日
  • 中核機関群 活動・計画報告「人材育成」, 甲斐尚人・尾上孝雄・下條真司・小陳左和子, 研究データエコシステム構築事業シンポジウム2024, 2024年10月9日
  • JPCOAR研究データ作業部会におけるRDM教材作成の取組みについて, 甲斐尚人, 図書館総合展 2024「日独における研究データ管理サービスの現在地と展望」, 2024年11月6日
  • オープンサイエンスによるパラダイムシフトは我々に何をもたらすか, 甲斐尚人, 日本科学哲学会 第57回(2024年度)大会, 2024年12月1日
  • 研究データ管理の実践を促進する人材育成環境の構築に向けて, 甲斐尚人, 神崎隼人, 白井詩沙香, 古谷浩志, 吉賀夏子, 菅原裕輝, 田儀勇樹, 田畑智司, 森田敦郎, 原山都和丹, 韓智仁, 森本早紀, 一般社団法人 情報科学技術協会, 74‐12, p.538-544, 2024年12月1日
  • 加速するオープンサイエンス-研究データエコシステム構築と人材育成に寄せられる期待-, 甲斐尚人, 神崎隼人, 青森大学講演, 2025年1月29日
  • 「⼈⽂科学分野向け研究データ管理を促進する デジタル・ヒューマニティーズ学習教材開発」 研究成果発表会 , 吉賀夏子, 甲斐尚人, 神崎隼人, 2025年3月27日
プロジェクト構成員(最終年度時点)
学内 田畑 智司 大阪大学大学院人文学研究科言語文化学専攻・教授
甲斐 尚人 大阪大学D3センター・准教授
菅原 裕輝 大阪大学大学院人文学研究科人文学林・特任助教(常勤)
神崎 隼人 大阪大学附属図書館研究開発室・特任研究員(常勤)
協力機関・
連携機関
大阪大学附属図書館
大阪大学コアファシリティ機構 データ利活用・DX化支援部門
キーワード オープンサイエンス、研究データエコシステム、人材育成、動画教材、IIIF